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地球探検の旅 > ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争での民族浄化

  ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争での民族浄化 掲載日 : 2018年11月3日 
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争での民族浄化の画像/写真   スレブレニツァ虐殺記念館
http://www.srebrenica360.com/

セルビア人勢力※によるボシュニャク人(以下、ムスリム)に対する民族浄化(目的はムスリムのいない国家)
※スルプスカ共和国軍(ムラディッチ参謀総長)、警察、民兵組織
https://www.youtube.com/watch?v=3pngcjizEYc
以下、クロアチア人勢力によるムスリムに対する民族浄化は除く

1992年04月07日 スルプスカ共和国 独立を宣言、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争
セルビア人勢力 ボスニア・ヘルツェゴビナの6割以上を制圧、民族浄化※
※支配下に住む異民族を排除し、勢力圏を民族的に単一にする。異民族が退去せざるを得ない状況に追いやる(嫌がらせ・差別的な待遇、武器の没収、資産の強制接収、家屋への侵入・略奪、恐怖)
フォチャの虐殺(Foča ethnic cleansing)4月7日〜1994年1月、2,704人死亡
・従軍可能年齢にある男性を集団殺害、強制収容
・ボシュニャク人女性を強制収容し、組織的に大量強姦、妊娠後解放
04月23日 プリイェドルの虐殺(Prijedor ethnic cleansing)ムスリム・クロアチア人14,000人死亡
https://www.youtube.com/watch?v=4Torj8_GhAI
https://www.youtube.com/watch?v=m04grZjLlA0
https://www.youtube.com/watch?v=tlqH_osgySU
・ケラテルム強制収容所(Keraterm camp)05月23日〜、1,200人収容
・オマルスカ強制収容所(Omarska camp)5月26日〜8月6日、3,334人収容
・トルノポリェ強制収容所(Trnopolje camp)5月24日〜9月30日、7,000人収容、女性を性的暴行
05月12日 スルプスカ共和国創設(セルビアから財政・政治・軍事面での支援)
国際社会 セルビア人勢力を支援するユーゴへの制裁
07月08日 緒方 サラエボ空港に降り立つ。防弾チョッキを着て、国連保護軍司令官と並んで歩く小柄な緒方の姿が世界中のメディアに報道される
http://www.unhcr.org/sadako-ogata-japan-1991-2000.…
11月 緒方 難民高等弁務官として初めて安保理に招かれる。安保理による政治解決を迫る「人道援助のみ続けるのは不可能」
12月17日 スルプスカ共和国 初代大統領カラジッチ
1993年02月 人道援助が政治的駆け引きの道具となる
・セルビア人勢力:人道援助を妨害(道路閉鎖)
・ムスリム:援助物資をボイコット
緒方 怒り心頭、援助を停止すると発表(ショック療法、人道援助機関の限界を国際社会に訴える)
安保理「なぜ緒方にそんなことをする権限があるんだ」
安保理が本来やるべき仕事を緒方が肩代わりしていた
メディア:なぜ援助が停止されたのか?を報道。セルビア人勢力を批判
国連 ボスニア国内の飛び地(スレブレニツァ)を安全地帯に指定。国連保護軍に自衛のための武力行使をとる権限を与えた
03〜04月 ムスリム数千人が国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の援助のもとでスレブレニツァを脱出
04月13日 セルビア人勢力 UNHCRに対して警告「ムスリムが降伏しない場合、2日以内にスレブレニツァを攻撃する」
04月16日 安保理 決議819可決「全ての部隊とその他当局者は、スレブレニツァとその周辺地域を安全地帯として扱い、いかなる武力攻撃やその他の敵対行動をとってはならない」
04月18日 国連保護軍※600名がスレブレニツァに派遣される
※オランダ軍部隊 指揮官はカレマンス(Karremans)中佐
スレブレニツァから外に出たオランダ軍兵士は帰還を認められず、400人に減少
05月02日 セルビア人勢力 サラエボ包囲(〜1996年02月29日4年間)
1994年 ムラディッチの長女 父親に向けられた非難を苦にして父親の銃で自殺
02月05日 第一次マルカレ虐殺
セルビア人勢力 市場を砲撃 市民68人死亡、200人負傷
1995年 セルビア人勢力 サラエボからの輸送ルートを遮断
03月 カラジッチ(命令書7号)「スレブレニツァとジェパとの物理的分断を可及的速やかに完成させ、両飛び地の人員の連絡を遮断すること。熟考して計画された戦闘作戦によって、スレブレニツァの住民に対していかなる生存・生活の望みをも与えない、絶対的に危険な耐え難い状況を作り出すこと」
05月25日 トゥズラ(Tuzla)の虐殺 セルビア人勢力による砲撃で71人死亡
07月10日 カレマンス NATOに空爆(上空援護)要請
07月11日 セルビア人勢力 スレブレニツァに侵入
https://www.youtube.com/watch?v=QfInjlNoT4Q
14時30分 NATO セルビア人勢力の戦車を爆撃
セルビア人勢力 NATOを脅す「オランダ軍部隊を殺害する」「ポトチャリ(Potočari)の国連保護軍(UNPROFOR)の施設を砲撃する」
NATO 空爆を諦める(空爆が小規模に留まった)
元アメリカ国連大使「明石康という人物は災禍だった。国連の歴史にも特筆される大災禍だった。明石のためにボスニアでの平和維持活動は歴史上でも最も効率の悪い軍事行動となってしまった」
明石康:
・現場から空爆要請が届くのが遅れていたのであって、自身は10分以内に空爆を承認していた
・空爆が小規模に留まったのは、空爆開始から1時間後にオランダ国防省から中止要請が入ったため
・国連保護軍総司令官も、空爆承認の是非について同じ認識だった
セルビア人勢力 スレブレニツァを制圧(スレブレニツァなくしてスルプスカ共和国の領土の完成はない)
オランダ軍部隊(200人)は無力
https://www.youtube.com/watch?v=idf_sdeVpO4
ムラディチ「…空爆の攻撃を指示したのはお前か?」
カレマンス「…空爆の指令は…国連からです」
ムラディチ「…我らの軍に対して…攻撃を指示したのはお前か?」
カレマンス「…私が指示しました…決断したのは私ではなく、国連です」
ムラディチ「…ムスリムに…伝えてくれ。スレブレニツァから去るか、残って全員死ぬかだ」
夕方 スレブレニツァのムスリム市民2万人がポトチャリに避難し、国連保護軍の施設での保護を求める
オランダ軍兵士「彼らはパニック状態で、怯えており、我先に、…兵士たちへ向かって押し寄せていた。誰かが倒れるとその上を踏んで寄せてきた。無秩序状態であった」
https://www.youtube.com/watch?v=BS5aBOIFu9I
行軍隊(ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国軍と一部のムスリム男性市民)がトゥズラへ向けて出発
07月12日 スレブレニツァの虐殺
https://www.youtube.com/watch?v=urpbonh7kj8
https://www.youtube.com/watch?v=iU39nnGaKYk
セルビア人勢力による即決処刑・強姦、ムスリム8,000人死亡
「セルビア人兵士が子供をナイフで殺害」「セルビア人兵士が少女を強姦していた」「オランダ軍兵士のすぐそばで子供の断首、女性の強姦」「セルビア人兵士は子供を取り上げて咽喉を切り、笑った」「親の目の前で赤ん坊の首を斬り、子供の耳や鼻をそぎました」
オランダ軍 保護を求めてきたムスリム男性300人をセルビア人勢力に引き渡した
セルビア人勢力 ムスリム女性・子供2万5千をムスリム支配地域へ強制移送
https://www.youtube.com/watch?v=khMOqdMoaAY
07月16日 行軍隊(出発時の3分の1)がトゥズラへ到達
07月19日 8,000人殺害完了
07月21日 オランダ軍 スレブレニツァから去る
カレマンス ムラディチからプレゼントを笑顔で受け取り、別れの乾杯をする
オランダ軍 音楽と共に踊りながら、ハイネケンを飲んで酔っ払う
08月28日 第二次マルカレ虐殺 セルビア人勢力 市場を砲撃 市民38人死亡
08月30日〜09月14日 NATO デリバリット・フォース作戦
10月13日 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争停戦
12月14日 デイトン合意 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争(3年半)終結
死者20万、難民・避難民200万
2008年07月21日 カラジッチを逮捕
2011年05月26日 ムラディッチを逮捕
2016年03月24日 カラジッチに禁錮40年(国連戦争犯罪法廷)
2017年11月 ムラディッチに終身刑
2018年04月24日 カラジッチ 上訴審

https://www.youtube.com/watch?v=ymf5p3LbCAE
https://www.youtube.com/watch?v=D5DObQs4xJc
https://www.youtube.com/watch?v=cwq6k4WiwHo
https://www.youtube.com/watch?v=ri4u_IpCvXE
https://www.youtube.com/watch?v=Sq77TySTst0
https://www.youtube.com/watch?v=MnALEecbZ-k
https://www.youtube.com/watch?v=8y6B34MfgB4

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