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地球探検の旅 > 1985年 日本航空123便墜落事故

    1985年 日本航空123便墜落事故 掲載日 : 2019年1月5日 
1985年 日本航空123便墜落事故の画像/写真   既出投稿
2007年08月09日  JAL123便御巣鷹山
http://earthjp.net/mercury/0708090006.html
2008年08月17日 忘れないで
http://earthjp.net/mercury/0808170008.html
2014年08月12日 御巣鷹の尾根ストリートビュー
http://earthjp.net/mercury/1408120001.html

時間スライダ(Google Earth):2015/11/1

1985昭和60年08月12日 東京(羽田)発大阪(伊丹)行日本航空123便ボーイング747SR-100(機体記号JA8119)が御巣鷹の尾根※に墜落
※御巣鷹の尾根:高天原山[たかまがはらやま](群馬県多野郡上野村)の尾根。御巣鷹山の尾根ではない。
乗員15名、乗客509名:死者520名、生存者4名※
※生存者4名:乗客女性、客室後部の座席
54F:生存者H(34)家族旅行
54D:生存者M(8)生存者Hの娘
56C:生存者O(26)日本航空の客室乗務員(アシスタントパーサー)、当日は非番(私用で搭乗)
60D:生存者K(12)中1、家族旅行(北海道)の帰り
翌朝まで生きていたと思われる遺体が約100体?(検視した医師)

地上から救助部隊を送り込むためには、墜落地点を地図上で正確に特定する必要がある。
GPSが無い時代※とはいえ、墜落現場の位置特定で10時間以上迷走する。GPSが無かったが故の悲哀・悲惨と、GPSのありがたさを感じる。
※事故当時、米軍にすらGPSは無かった。
1973年 米空軍・海軍 開発に着手
1983年09月01日 大韓航空機撃墜事件
レーガン大統領:運用が開始されれば民間機の安全な航行のために民生的用途でも使えるよう開放する
1989年 人工衛星の打ち上げ開始
1990年 民間GPS向けには、2000年まで誤差データを加える(精度100mに落とす)
1993年 初期運用宣言(民生運用)
1995年 完全運用宣言(軍事)

謎:迷走した原因
19時05分 長野県の農婦N 高天原山の尾根(長野県・群馬県の県境)に立ち上がった煙と火を目撃(誤差0〜1km)、110番通報
飛んでいる墜落機を見た者やいい加減な墜落位置を通報した者はいたが、墜落した瞬間(火・煙)を見て正確な通報をした者は農婦Nのみ。目撃者の氏名、目撃した時刻・位置も明確。
上野村村長 テレビ放送を視て上野村に落ちた可能性を抱く「我上野村に落ちたらしいという事を言ってる、高原野菜の川上村の御婦人(農婦N?)のコメントがあった。日航機がおぼつかない様な飛び方で群馬の方へ入っていって、見えなくなったと思ったら煙が出てきたと、そう言ってるんですね。その後のテレビの放送は、全部、長野県の北相木村なんですよね。しかし、北相木の方から、御座山[おぐらさん]という山があるんですが、そこに落ちたというような話を全然する人が出てこなかった。もし、御座山あたりに落ちてるんならば、音が聞こえるとか、火が見えるとかいう事が解かるはずだと、それが解からないという事は、どうも北相木でも南相木でもなさそうだなと、地形複雑な所に落ちたと、そうすると地形が複雑だというのはですね、長野側よりも群馬側、さらに一層複雑なのは、埼玉の大滝村なんですよ。そこで、段々と上野村に落ちたかな、大滝に落ちたかなという様な気持ちを持っておりました」
 通報を受けた長野県警臼田署が、この最も早く正確な目撃情報を県警・自衛隊・日本航空に連絡していれば迷走はなかった。実際は、日の出まで不確かな目撃情報に振り回された。
農婦Nによる正確な目撃情報を埋没させ、ガセネタを浮上させた原因
21時05分 臼田署 埼玉県警から「御座山で煙を確認」がもたらされる
・ガセネタの根源は、埼玉県警(原因不明:当時は、目撃者を信じるしかなかった?)
・埋没させたのは、臼田署(原因不明:自署に通報した民間人の目撃情報より、埼玉県警からの情報のほうが確度が高いとしたのか?)
21時35分 臼田署 空幕へ連絡「南佐久郡北相木村の御座山の山腹で火災を住民が発見した」
・浮上させたのは、誤情報が事実のように埼玉県警から臼田署に伝わり、臼田署が空幕に連絡したしたため。
21時50分 NHK「北相木村(長野県)の御座山に落ちた」
・この報道に対して、わずかな情報から、スゲノ沢と特定(誤差0km)した上野村消防団員がいた
・NHKは、当初、墜落位置を二転三転させて報道した後、恐らく空幕から墜落位置情報を得て、見当違いの地点を目撃情報として報道したと思われる。翌朝まで見当違いの地点が報道された。
 官庁の見解や発表したことを伝えるのも役目とはいえ、NHKの報道も誤情報の拡散に加担している。
 NHKは国営放送ではなく、公共放送だ。受信料を収めている国民を利する報道を心すべき。真実を報道すればいいだけ。官庁からの情報は真実とは限らないため、未確認情報をそのまま報道すべきではない。ヘリを持っていなかったのか?朝日新聞に負けている。
 国民は何のために受信料を収めているのか?朝ドラの為に納めている?大企業にも国にも阿らない報道を求めて受信料を納めていると思いたい。当時のNHKは自分の給料の原資を理解しない人が多かったのか?
21時59分 空幕 運輸省に報告「長野県北相木村御座山北斜面」
22時05分 警察・自衛隊・メディア 一斉に見当違いの地点(御座山)へ向う
22時33分 日航 正式発表「御座山北斜面」ガセネタが真実として周知されてしまう
防衛庁 墜落地点の発表が迷走、日の出以降も正確な発表ができない
翌朝04時58分 日の出
05時37分 長野県警のヘリによる墜落地点の発表(誤差0km)

謎:なぜ米軍に協力してもらわなかったか?米軍に助けてもらえばいいではないか?
19時19分〜20時42分 米空軍輸送機、自衛隊の戦闘機・ヘリが墜落現場を発見(最小誤差3kmで墜落地点を特定)
20時50分 米軍の救難ヘリ 墜落地点に到達、降下準備完了。横田基地司令部からの帰還命令「日本の救助隊が現地に向かっているから」
 日本政府が早々に断ったとされている。生存者はいない前提か?人命よりも面子が大事ということか?
 米軍の動きは素早く、効果的で無駄が無い。事故から2時間後に米軍の救難ヘリが墜落現場上空に到着。
 自衛隊は当時、山間部での夜間救助※の術を持っておらず、そんなの「自殺行為」と言う。自衛隊はそのころ何をやっていたか?
 山間部での夜間救助が可能な米軍の協力を断る正当な理由は無いため、防衛庁は米軍の救難ヘリの存在を認めていない。
 自衛隊幹部は「捜索には地上班の到着が不可欠で救助活動はできなかっただろう」と言うが、誤りだ。降りれば生存者の声が聞こえた。それが周知されればメディアや国民の意識は全く違ったであろう。官邸・防衛庁は国民の目を意識するようになり、誤魔化すことはできなくなり、素早く有効な手を打つしかなくなる。
 自衛隊の動きも全く違っていたであろう。墜落地点を地図上で特定する(地図特定)作業は翌朝にして、二次災害を発生させないように、墜落現場近辺(尾根の頂上?近辺の山頂?)に隊員を降ろしたであろう。爆弾を投下するか、ヘリからロケット弾を撃った後、発破をかけてヘリポート・道を造ったかもしれない。発電機とサーチライトをありったけ持ち込んだかもしれない。ところが、無意味な夜間での地図特定作業を続けてしまった。遺族から「穀潰し」「役に立たない兵隊の集まり」と言われても仕方ない。遺族にはもっと多くの生存者を救助できたにちがいないという思いがある。
 警察と防衛庁のどちらが救難活動を担当するか、21時前まで、事故後2時間も首相官邸で議論していたという。現場の自衛隊員の意識は高くても、指導層が残念過ぎる(判断力が無さすぎる)。軍人に嘘・作り話・隠し事・ゴマカシは似合わないが、大本営の時代から指導層はこれを得意とする。最近では派遣日報、正に伝統芸。また、これを受け継ぐ防衛庁幹部の顔は軍人の顔ではなく、小役人〜官僚の顔に見える。禽獣に見える時もある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%A1%9B%E…
※夜間救助:海上では可能、米軍は山間部でも可能。当時、自衛隊は夜間の活動はしない方針だったのか?事故後、装備を揃え、山間部でも可能となった。

謎:なぜ空幕は、20時42分にヘリで墜落現場に到達し、米軍と同程度の精度で測地していながら、見当違いの地点を運輸省に報告したのか?
・TACANが示す座標の誤差は、航空機には許容範囲であるが、地上では大きすぎる。山間部ではなおさら、示された座標が無意味と思えるほど大きい。発表にも値しない。
・TACANによる計測地点が3点以上あっても、誤差を小さくできるとは限らない。全ての測地点でずれていることもある。計測した墜落地点を中心に誤差を半径とする円を描く。重ね合わさった地域に墜落現場が有る筈だが、実際は、無かったのだろうと思われる。
・誤差が生じるTACANより、臼田署からの具体的な地名による墜落地点が正しいとした。
 長野県警・埼玉県警が目撃情報の正確性を吟味したのかを確かめていない。確かめようがない。目撃者を信じるしかない。カメラ付き携帯電話なんて無い時代。

謎:地図特定する段階で自衛隊がなすべきことは、何だったのか?
・レーダー・自衛隊機による位置計測により、大まかな位置を掴み、急行し、墜落現場を発見する。
 米軍:最初に発見(19時19分)、救難ヘリを墜落現場まで誘導
 自衛隊:独断で動き、発見(19時21分)
・救難ヘリを墜落現場に向わせる
 米軍:救難ヘリが墜落現場に到達(20時50分)人員を降ろそうとする
 自衛隊:輸送?救難?ヘリが墜落現場に到達(20時42分)。ここまでは独断で動いたため、米軍と遜色ない。
 以降は、悪夢。そもそも救難ヘリだったのか?隊員を降ろそうともしない(降ろせない)
・地図特定できない場合、その位置に留まり、地上部隊を導く
 翌01時00分 墜落地点上空で入間V-107ヘリをホバリングさせ、ライトで警察を導こうとしたが「車では行けない場所」と判明しただけで地図特定に失敗(長距離レーザー距離計なんて出回っていない時代)。翌朝までTACANによる計測地点や未確認位置情報を発表していた?

謎:日の出まで、自衛隊のヘリの任務は何だったのか?
 現場に向かった複数の自衛隊のヘリは朝まで何を行っていたのか?地図特定だけを行っていたのか?目的が不明。
 米軍と遜色ない早さで現場に到達し、米軍と同程度の精度で測地している。しかし、何度やっても精度の向上は望めないことを理解せず、無意味な測地を繰り返した(理由は謎)。
 墜落現場を視認し測地したなら、以降は隊員を降ろすことだけを考えればよかった。山間部での夜間救助(装備も無ければ、訓練もしていない)は諦めていたのか?

謎:なぜ、無意味な夜間での地図特定を諦めなかったのか?
 日が昇れば簡単にできるが、夜間では成果のない無駄な作業となった。
 たとえ地図特定できても夜間に地上部隊を現場に到達させることはできなかった。昼間でも過酷な登山である。日が昇るまで地上からは何もできないのだ。これは地形図・航空写真を見れば分かることだった。
 日が昇れば地図特定は即座にできる。よって、夜間は現場近辺に隊員を降ろすことを最優先にすべきであった。
 尾根の頂上、無理なら、近辺の山の山頂なら降ろせたのではないか?地形図を見ても不可能ではなかったと思われる。米軍の協力を仰げば、更に有効な手段もあったであろう。米軍機に乗せてもらってもいいではないか?
 たとえ、何もできなくても、隊員を降ろして、生存者の有無を確認する必要があったことは確実に言える。朝への準備、朝の動きがまるで違ったであろう。

謎:大まかな位置は掴んでいるのだから、墜落現場の南西に、長野県南佐久郡川上村梓山が位置することはわかったはず。その距離5kmを確認すれば(慣性航法装置で計測できるか?)地図特定できる。なぜ、ヘリで南西に向おうとしなかったのか?
・墜落地点近くの南相木ダム・上野ダムは着手1995年〜竣工2005年で、当時存在しないため、目印となるのは村落のみ。
・大まかな位置とTACANによる測地では自機からの川上村の位置は掴めなかったのだろう。墜落現場を視認しても、自機が地図上でどこにいるのかわからないのだ。秩父山地に行ってしまう可能性もある。しかし、南西に向い、民家の灯火を視認する価値はあったと思われる。

日本航空115便しりもち事故
1978昭和53年06月02日 東京(羽田)発大阪(伊丹)行日本航空115便ボーイング747SR-46(機体記号JA8119)が、伊丹空港に着陸する際、機体尾部を滑走路面に接触させた。不良着陸により機体尾部の圧力隔壁が破損。ボーイング社に修理を依頼。この隔壁の修理ミス※が日本航空123便墜落事故の原因となる。金属疲労を起こした修理箇所が与圧によって破壊され、垂直尾翼の脱落と油圧系統の全損傷に至った。
※隔壁の修理ミス:修理計画は、新規の下半分(損傷した圧力隔壁の交換部分)を既存の上半分に取り付けるとし、スプライスプレート(継ぎ板)を挟んで3列のリベットで上下を繋ぎ合わせることで上下共に2列のリベットが効くようにするものであった。しかし、実際に行われた修理はボーイング社の指示図に従わなかった。下半分との繋ぎ目に挟むスプライスプレートが1mカットされて、2列必要なリベットが1列分しか利かない状態になっていた(アメリカの調査※)。日本航空の検査では、欠陥修理部分がシーラント(詰め物)に覆われて見えなくなっていたため、欠陥修理を発見できなかった。
※アメリカの調査:リベットが1列しか効いていない場合、隔壁は何回の飛行まで耐えられるか試算
隔壁破壊までの推定飛行回数13,000回(12,319回の与圧の繰り返し)
JA8119の修理から事故までの実際の飛行回数12,184回、試算通りで、隔壁の修理ミスを突き止めた。
ボーイング社:747SR-46に共通する不具合が無いことを示したい。早く公開したい(隔壁が弱いのは事故機だけだとしたい)
日本:アメリカの調査結果を公開しなかった
ニューヨークタイムズ(1985月9月6日)がスクープ(ボーイング社のリーク?)
Evidence Reported of Faulty Repairs That Could Have Led to Damage to Tail

コックピット
油圧系統全滅を認識しながらも油圧での操縦を試みている。操縦不能になった理由※を最後まで把握できていなかった?
※操縦不能になった理由:垂直安定板の下半分のみを残して破壊、油圧操縦システム(ハイドロ)の4系統全損傷※
※4系統全損傷:油圧制御配管4系統(不測の事態に備えて多重化)を集中制御する装置(圧力隔壁の後ろ)が破壊され、制御油が破損箇所から抜け、油圧制御だけの操縦系統が失われた。昇降舵・補助翼(エルロン)の操舵が不可能。緊急時用のフライトマニュアルには2つのハイドロが無効になった場合は書かれている。4系統全損傷は誰も想像しえない事象
機長(49):運航部門指導教官、海上自衛隊航空隊出身※。進路の巡視、計器の監視、パネル操作、管制官との交信
※退官時は教官、軍隊式か?(海自時代の上司・先輩は旧日本軍航空隊?)
副操(39):副操縦士、機長昇格訓練生(副操縦士が機長席に座る)。油圧系の操作(操縦桿、ペダル)
機関(46):航空機関士、エンジニア部門教官。エンジンの出力調整、電動フラップ、ギア、社用交信、副操縦士の補助

略語・用語
管制:東京航空交通管制部の東京管制区管制所(Tokyo ACC: Tokyo area control center)東京ACC「東京コントロール」所沢、123.7MHz
横田:横田進入管制(RAPCON: Radar Approach Control)横田ラプコン「横田アプローチ」米空軍横田基地
進管:東京進入管制(Tokyo Approach)「東京アプローチ」羽田空港、半径74kmを管制
社用:日航オペレーションセンター(Japan Air Tokyo)「ジャパンエア東京」羽田空港、JALカンパニーラジオ(日本航空社用無線)で交信、131.9MHz
自放:自動放送
GPWS(Ground Proximity Warning System):対地接近警報装置、地表・山に異常接近したことを警報
・高度2,500ft(762m)以下で、過大降下率、或いは地表への接近率が異常に大きい
・離陸後、着陸装置を上げ、高度700ft(213m)に達する前に降下率がある
・フラップ・着陸装置が着陸態勢にないにもかかわらず、高度が異常に低い
スクォーク(SQUAWK:オウムの鳴き声):ATCトランスポンダ※(機上機材)に設定する4桁の数字※
※ATCトランスポンダ:航空機を識別するための航空管制用(ATC: Air Traffic Control)自動応答機
2次監視レーダ(SSR: Secondary Surveillance Radar)システムにおけるATCトランスポンダの役割
・地上管制用レーダーからの質問信号を受信し、4桁の数字※・航空機固有番号・高度を応答する
・航空機衝突防止装置(ACAS: Airborne Collision Avoidance System)からの質問信号を受信し、応答する
※4桁の数字:航空監視レーダー画面に表示され、レーダー管制官が機影を見つけやすくする
・有視界飛行
 1200 有視界飛行により高度10,000ft(3,000m)未満を飛行
 1400 有視界飛行により高度10,000ft以上を飛行
・緊急事態
 音声で連絡しなくても緊急事態に陥ったことを知らせる。緊急事態の飛行機が管制区域(履域)内に存在することが全管制官にわかる
 7500 ハイジャック
 7600 無線通信不能 管制官と交信できなくなった場合、管制官は他の飛行機に指示
 7700 緊急事態(国際緊急無線信号)「スクォーク77」レーダー室に警報、照点の下に「EMG」
VOR/DME(VHF Omnidirectional Range/Distance Measuring Equipment):超短波全方向式無線標識/距離測定装置
タカン(TACAN):方位と距離を機上の計器に表示する航法援助施設。有効距離200海里、方位誤差1度、距離精度0.2%
実際、距離精度は高いが、方位誤差が1度では収まらない
例)横田タカンから299°35.5nm(65.7km)誤差4km(定規3.9km)注1
墜落地点(定規):横田タカンから295.58°35.4nm(65.6km)注2
注1)次に報告されている測位結果と墜落地点との地上距離を定規(Google Earth)で計測した。
測位結果は、地上距離とした。地上距離=平方根(タカン測定距離^2 - 高度^2)のように変換された値とした。
「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説」P.19「表3 各航空機の測位結果」
http://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123-kais…
注2)定規(Google Earth)で墜落地点を表した
謎:「表3 各航空機の測位結果」の誤差と定規で計測した値とが大きく食い違う。定規の方が正しいと思われる。
nm(international nautical mile):海里(海・空でのマイルは海里だが、マイルと表記するのは好きでない)
ディセンド(descend):降下
エマジェンシーディセント(emergency descent):緊急降下
ダッチロール(Dutch roll):航空機が激しく横揺れしながら首を振り、8の字を描くように飛行する
フゴイド運動(Phugoid motion):航空機が急角度での上昇と下降を繰り返す。下降して加速、上昇して減速。操縦不能であることを示す。
救難調整本部:東京航空局東京空港事務所救難調整本部
百里F-4EJ:航空自衛隊百里基地、第7航空団隷下第305飛行隊の戦闘機(F-4EJ)、対領空侵犯措置のため地上待機中
百里V-107:航空救難団百里救難隊のヘリ(V-107)
入間V-107:航空自衛隊入間基地、救難ヘリ?空輸ヘリ?(V-107)
米空軍C-130:輸送機、米空軍嘉手納基地(沖縄)※→横田基地
※「岩国海兵隊基地から通常輸送任務」は誤りであろう
米軍救難UH-1ヘリ:米陸軍キャンプ座間の救難隊※、当時4機のUH-1ヘリが常駐。サーチライト・夜間暗視装置は標準装備(1982〜)「夜間など問題ではありません」、急斜面での垂直降下も可能「救難隊なら誰でもできますよ」
※「米海軍厚木基地の海兵隊救難チーム」は誤り(存在しない)
横田司令:横田基地司令部
管制レーダー:航空路監視レーダー(ARSR: Air Route Surveillance Radar)
峯岡山:峯岡山[みねおかやま]分屯基地(入間基地の分屯基地、千葉県南房総市)中部航空方面隊隷下中部航空警戒管制団(司令部:入間基地)第44警戒隊
墜落地点:北緯36度00分05秒 東経138度41分38秒※(ウィキペディア)
※遺体の散乱範囲(参拝道・林間下山道に囲まれた範囲)の中心であると思われる。最初に胴体が着地した地点は、遺族が建立した碑「JA8119号機 ここに墜落」近辺であると思われる

日本航空123便墜落事故 飛行記録
燃料搭載量:3時間15分
1985昭和60年08月12日18時12分 日本航空(日航)123便 羽田空港を離陸(滑走路15L)
18時13分55秒 高度3,200ft(975m)速度170kt(314km/h)
18時17分 進管から管制に移管
18時18分30秒 右側に富士山と江ノ島が見える
高度12,200ft(3,718m)速度290kt(537km/h)南房総
18時21分36秒 高度18,900ft(5,761m)速度300kt(556km/h)
シートベルトサイン・禁煙サイン消灯
18時24分12秒 ボイスレコーダ録音開始
高度23,400ft(7,132m)速度300kt(555.6km/h)
18時24分35秒 衝撃音3回「ドーン」(1)圧力隔壁の破壊(2)垂直尾翼の破壊(3)補助エンジン(APU)の脱落
高度23,900ft(7,285m)速度300kt(555.6km/h)相模湾(下田と大島の間)垂直尾翼の一部が見つかる。APU空気取り入れダクトも相模湾から回収。垂直尾翼の大半・APU本体は未発見
生存者K「左後ろの(壁の)上の天井の方がバリッといってね、それで穴が開いたの。それと一緒に白い煙みたいなのが、前から入ってきたの」「機内後方上部でドーンという大きな音とメリメリという音がし、1.5m四方ぐらいの穴が開いて、プロペラの羽か扇風機の羽のようなものが舞い、機内は真っ白になった」(最後列左端の60D座席の左側上方、最後部担当スチュワーデスが離着陸の際に座る乗員用座席の斜め上にある天井パネルが外れた)
生存者O「『キャー』という悲鳴ばかり」
18時24分38秒 機長「まずい」
18時24分39秒 機長「なんか爆発したぞ」
18時24分42秒 機長「スクォーク77」
18時24分43秒 機長「ギア見て、ギア」
18時24分46秒 機長「エンジン?」
18時24分48秒 機関「ボディギア(胴体の車輪)」車輪格納庫扉開(ランプ点滅)、振動で車輪が動いた?
18時24分57秒 副操「ハイドロプレッシャー(油圧機器の作動油圧力)見ませんか」
オートパイロット解除、エンジン異常なし
18時24分59秒 機長「なんか爆発したよ」
高度20,000ft(6,000m)以上で飛行(17分間)
機関 4系統の油圧が同時に下がっていくことに気づく?
18時25分04秒 管制 スクォーク77を傍受。123便の機影「JL123」下に「EMG」(緊急事態)が点滅
18時25分15秒 自放「ベルトを締めて下さい。タバコは消して下さい。只今緊急降下中」パーサー「酸素マスクを着けて下さい。ベルトをして下さい」
高度23,900ft(7,284m)速度310kt(574km/h)下田
18時25分21秒 機長「Tokyo, Japan Air 123 request from immediate trouble request return back to Haneda descend and maintain 220 over」「東京コントロール、こちら日航123便、緊急事態発生のため、羽田への帰還を要求する。高度22,000ft(6,700m)に降下し、維持したい。どうぞ」
18時25分37秒 管制「Roger, approved as you request」「了解。要求どおり承認します」
18時25分40秒 機長「Radar vector to OSHIMA, please」「伊豆大島へのレーダー誘導をお願いします」
18時25分42秒 管制「Roger, you want right or left turn」「了解。右旋回しますか、それとも左旋回?」
18時25分45秒 機長「Going to right turn, over」「右旋回。どうぞ」内陸回り、羽田空港へは遠回り
18時25分49秒 管制「Right, right heading 090 Radar Vector to OSHIMA」「了解、右旋回して、磁方位90度(真東)で飛行してください。伊豆大島へレーダー誘導します」
副操 操縦桿を傾けても反応が無かったので強く傾ける
角度を強めて右旋回
18時25分55秒 機長「(副操に)バンク(傾き)そんなにとんなってんのに」
18時26分00秒 機関 油圧の異常低下に気づいた「ハイドロプレッシャが落っこちています。ハイドロが」
フゴイド・ダッチロール運動発生
救難調整本部 日航123便の緊急事態発生を管制から受領
18時26分03秒 機長「バンクとるな、マニュアル(手動操縦)だから」
18時26分04秒 高度警報音2秒間(客室の気圧が減少?)
低空へ降下しようとする?
18時26分11秒 機長「(バンクを)戻せ」
18時26分12秒 副操「戻らない」
18時26分15秒 機長「プルアップ」
18時26分27秒 機長「ハイドロ全部だめ?」
18時26分28秒 機関「はい」
18時26分31秒 機長「(副操に)ディセンド」
18時26分41秒 機長「なんでこいつ鳴るんや」
18時27分47秒 機関「ハイドロプレッシャーオールロス」全油圧喪失(衝撃音から約3分、駿河湾上空)
謎:ここで操縦桿での操作を諦め、エンジン制御と電動フラップ操作だけで海上の定位置で燃料を使い果たすまで旋回できなかったのか?山より海上に不時着させた方が生存者も多かったであろうし、定位置であれば、救助されやすい
18時27分02秒 管制「JAPAN AIR 123 confirm you are declare emergency that's right?」「日航123便、確認しますが、緊急事態を宣言しますね」緊急事態宣言を再確認
18時27分07秒 機長「That's affirmative」「その通りです」
高度24,400ft(7,437m)速度280kt(518.6km/h)西伊豆
18時27分11秒 管制「123 roger. And request your nature of emergency」「123便、了解。どのような緊急事態ですか」緊急事態の内容(性質)を尋ねる
無応答。
管制 JAL本社に123便が緊急事態であることを知らせる
18時27分31秒 機長「ハイドロは?」
18時27分47秒 機関「ハイドロプレッシャオールロス」
18時28分 峯岡山 日航123便の緊急事態宣言を探知
18時28分00秒 機長「なんで騒いでんの?」客室の様子
18時28分31秒 管制「JAPAN AIR 123, fly heading 090 radar vector to OSHIMA」「日航123便、磁方位90度(真東)で飛行願います。伊豆大島へレーダー誘導します」
18時28分36秒 機長「uncontrol」「操縦不能」
高度22,100ft(6,736m)速度280kt(518.6km/h)駿河湾
18時28分39秒 管制「Uncontrol roger understood」「操縦不能、了解しました」(管制は、初めて操縦不能を知る)
東京航空局東京空港事務所(羽田)は、東京救難調整本部(Tokyo RCC)を開設、緊急着陸の準備開始
18時29分00秒 機長「気合を入れろ」
18時29分05秒 機長「ストールするぞ、本当に」
18時29分06秒 副操「はい、気をつけてやります」
18時29分07秒 機長「はいじゃないわ!」
18時29分15秒 管制「JAPAN AIR 123 if possible squawk 2072 normal」「日航123便、可能ならスクォーク2072※を発信して下さい」
※スクォーク2072:レーダー管制官が日航123便の機影を見やすくするために覆域内で有効なコードを与えのか?機影に特別なマークが付くのか?機影の色が変わるのか?
18時29分21秒 機長「あんたいれとくれ」
焼津市の北付近の上空
18時29分59秒 機長「なんだこれ、いうとおりにならないかな」
18時30分頃 米空軍C-130 大島上空でスクォーク77を傍受(軍ではよくあることなので気にせず)
急降下中。阪急電鉄社員(29)「しっかり生きろ 立派になれ」
大阪商船三井船舶神戸支店長(52)「どうか仲良く がんばって ママをたすけて下さい パパは本当に残念だ きっと助かるまい 原因は分らない もう飛行機には乗りたくない ママ こんな事になるとは残念だ さようなら 子供達の事をよろしくたのむ 飛行機は回りながら急速に降下中だ 本当に今迄は 幸せな人生だったと感謝している」
左右のエンジンの出力調整だけで、ダッチロールとフゴイドをかなり減衰させることに成功
18時30分30秒 機関「オキシジェンマスクがおっこってますか」
18時30分55秒 機関「オキシジェンマスクがドロップしてるから」客室が騒がしい理由
18時31分02秒 管制「JAPAN AIR 123 can you descend?」「日航123便、降下できますか?」
18時31分07秒 機長「roger now descending」「了解、現在降下中」
高度24,900ft(7,589m)速度250kt(463km/h)焼津
18時31分09秒 管制「All right say altitude now」「了解、高度を言って下さい」
18時31分11秒 機長「240」24,000ft(7.3km)
18時31分14秒 管制「Right, your position 72 miles to NAGOYA, can you land to NAGOYA?」「了解、貴機の現在位置は名古屋空港から72nm(115km)の地点、名古屋に着陸できますか?」名古屋空港に緊急着陸を打診
18時31分21秒 機長「negative request back to HANEDA」「違います。羽田へ帰ることを要求します」
18時31分26秒 管制「All right」「了解しました」
18時31分28秒 管制「これから日本語で話して頂いて結構ですから」航空法により交信は英語、緊急時は母国語での交信可
以降、管制とは日本語で交信している
18時31分31秒 機長「あ〜、はいはい」
ダッチロールが激しくなり、右に60度、左に50度傾いた
フゴイド運動も加わり、15度〜20度機首上げ、10度〜15度機首下げ
管制に要求した大島経由で羽田空港に引き返すこともできない
右に大きく旋回し、北の富士山の方向へと飛行を続けていく
18時32分11秒 機関(最後部からの機内電話を受けている)「後ろの方ですか?え〜と、何が壊れているんですか?」
機関⇒機長 機内電話の内容を報告「あのですね、荷物入れてある、荷物のですね、一番後ろですね。荷物の収納スペースの所が落っこってますね。これは降りたほうがいいと思います」
操縦に次第に慣れ、左右のエンジンの操作がスムースになり、機体も安定し始めていく
客室乗務員⇒機関 客室の収納スペースが破損した
18時33分37秒 機関「アールファイブ(R5)のマスクがストップ」
18時33分38秒〜34分52秒 JALカンパニーラジオの呼び出し
社用「JAPAN AIR 123 JAPAN AIR TOKYO How do you read?」「日航123便、こちらジャパンエア東京、聞こえますか」
18時33分39秒 機関「ですから、エマジェンシーディセント(緊急降下)やったほうがいいと思いますね」
18時33分44秒 機長「はい」
18時33分46秒 機関「マスク我々もかけますか?」
18時33分48秒 機長「はい」
18時33分54秒 機関「オキシジェン(酸素)マスク、できたら吸ったほうがいいと思いますけど」
18時33分58秒 機長「はい」(3人ともマスクをした形跡が無かった。与圧装置によって酸欠にはなっていない?)
客室減圧警報が出るのは15,000ft(4,500m)から
18時34分55秒 機関「ジャパンエアどこですか?」
高度21,400ft(7,522m)速度270kt(500km/h)赤石山脈の深南部(南アルプス)
18時34分59秒 機長「どこからだ?」
18時35分00秒 副操「大阪です」
富士山の西方35km の地点付近の高度23,000ft(7,000m)
18時35分01秒 機長「ジャパンエア呼んでくれ」
18時35分02秒 機関「ジャパンエア大阪ですか?」
18時35分04秒 副操「ジャパンエア東京、ジャパンエア東京」
18時35分06秒 機長「ジャパンエアどこだ?」
18時35分08秒 機関⇒社用「ジャパンエア東京」
18時35分20秒 社用「ジャパンエア123、ジャパンエア東京、26分に大島の30マイルウエスト(48km西)でエマージェンシィーコールを東京ACCが傍受したということですが」
18時35分34秒 機関⇒社用「今、…R5のドアがブロークンしました。…今、ディセントしております」機体右側最後部のドア(右側5番目)
18時35分53秒 社用「了解しました。キャプテン(機長)のインテンション(希望)としてはリターンツウ東京(東京に戻る)でしょうか?」
18時35分58秒 機関⇒社用「はい、なんですか?」
18時36分00秒 社用「羽田に戻ってこられますか?」
18時36分04秒 機関⇒社用「ちょっと待ってください。今エマージェンシィーディセント(緊急降下)してますので、もう少ししたらコンタクト(連絡)しますので、もう一度再びコンタクトしますので、このままモニター(監視)しておいて下さい」無線を監視
18時36分20秒 社用「了解しました」
右側に富士山
18時37分〜44分(7分間)交信無。上昇・降下を繰り返す
18時37分11秒 機長「あー、あああー」
18時37分31秒 機長「頭下げろ」
18時38分04秒 機長「頭下げろよ」
高度22,400ft(6,827m)速度260kt(481.5km/h)富士山の北北西7km
18時38分29秒 機長 片手でスラスト(エンジン制御)レバーを握っていた副操に「両手でやれ、両手で」
18時38分32秒 機関「ギャ(車輪)ダウンしたらどうですか?」車輪を出して、空気抵抗で速度を落とす
18時38分34秒 副操「ギアダウンでしょうか?」
18時38分45秒 機長「出せない。ギヤ降りない」油圧喪失のため
18時39分13秒 機関「オルタネート(電動モーター)で、ゆっくりと(車輪を)出しましょうか?」
18時39分18秒 機長「はい、ちょっと待って」「はい、ゆっくり出して」
18時39分50秒 機長「下げ」
18時39分59秒 機関「スピードブレーキ引きますか?」
18時39分〜45分 進路を北東から420度右旋回し、真東を向かせる
18時40分頃 米空軍C-130 異常に気付く。機長の声が動揺、管制と日本語で交信
日没、山梨県大月市
18時40分10秒 機長「あーだめ」
18時40分15秒 機長「羽田に戻ろう」
18時40分22秒 機関「ギヤダウンしました」自重を利用してギアを降ろした
減速したが、バランスが崩れ、右旋回
生存者O「全くの急降下です。真っ逆さまです。髪の毛が逆立つくらいの感じです。頭の両脇の髪が後ろに引っ張られるような感じ」
18時40分30秒〜18時44分09秒 大月市周辺上空を囲う様に迷走
高度22,400ft(6,827m)速度220kt(407.4km/h)大月
18時40分44秒 管制「JAPAN AIR 123 周波数134.0に切り換えられますか?」専用周波数を準備
無応答
18時40分55秒 管制「JAPAN AIR 123 TOKYO CONTROL, If you read me ident, please」「日航123便、こちら東京コントロール。聞こえましたら、確認信号を発して下さい」ATCトランスポンダで応答せよ
真東に向けることに成功?
富士山東麓を北上、大月市上空で急な右旋回(3分間で360度)、ロール軸の振幅が縮小
操縦系統が効かないことに気付いた?エンジン出力調節によって、飛行方向を変えようとしていた?
左の第1エンジンの出力を大きくしたところ、機体は右へ旋回
管制 航跡を見て、操縦不能と言っているが、羽田に帰る力は残っていると解釈?
18時41分00秒 機長「あったまさげろ。そんなのどうでもいい。ストールするぞ」
18時41分55秒 管制 東京ACCで管制している全航空機の周波数を変えるよう指示「All Station, All Station, Except Japan Air 123 And Contact Tokyo Control 134.0 Change freqency 134.0 and keep silent until further advised」「全飛行中の航空機、日航123便を除く全機は、134.0MHzで東京コントロールと交信して下さい。周波数134.0MHzに切り替えて下さい。追って指示があるまで、沈黙し続けて(交信を避けて)下さい」一部の航空機は通常周波数で交信を続けた
18時41分59秒 高度20,900ft(6,370m)速度240kt(444.5km/h)大月
18時43分05秒 高度18,600ft(5,669m)速度240kt
18時43分23秒 機長「頭下げろ」
18時43分47秒 機長「重たい。もっと、もう少し頭下げろ」
富士山を右に眺める位置。ギアが降りないことが発覚?
18時44分05秒 機長「重たい」
高度17,000ft(5,181m)速度240kt 大月を抜ける
18時44分22秒 機長「いっぱいやったか?」
18時44分23秒 副操「いっぱい、舵」
18時44分43秒 機長「あー重たい」
18時44分47秒 機関「フラップどうしましょうか?下げましょうか?」
18時44分49秒 機長「まだ早い」
18時44分52秒 副操「ギヤ下りてますか?」
18時44分53秒 機関「ギヤ下りてます」
18時44分54秒 機長「えっ」
18時44分55秒 副操「コントロールのほうが」
18時45分 乗客のメモ「機体は水平で安定 酸素が少なく気分が悪るい 機内よりガンバロウの声がする」
18時45分18秒 機長「ここでホールド」
管制 日航123便が横田基地方面に向かっていたため、横田基地に協力要請
米空軍 横田基地の滑走路を空け、消防・救急を待機させる
18時45分37秒 横田「JAPAN AIR ONE TWENTY THREE YOKOTA APPROACH on guard. If you hear me, Contact YOKOTA 129.4」「日航123便、こちら横田アプローチ、緊急無線周波数を使っています(on guard)※。聞こえたら周波数129.4MHzで応答して下さい」
※on guard:横田アプローチは緊急無線周波数(guard channel, 121.5MHz)を使って日航123便を呼び出していると思われる
傍受していた横田基地が日航123便の支援に乗り出す。緊急無線で日航123便に米軍が用意した周波数(129.4MHz)に変更するよう求めたが、日航123便には米軍と交信するマニュアルがなく、以降も横田に応えていない
18時45分46秒 機長「ジャパナ123、アンコントローラブル」操縦不能
高度13,500ft(4,114m)速度220kt(407.4km/h)西多摩郡檜原村
18時45分49秒 管制「JAPAN AIR 123 go ahead」「JAPAN AIR 123, roger, understood」「日航123便、お話しください」「日航123便、了解、(操縦不能を)理解しました」
18時46分 乗客のメモ「着陸が心配だ スチュワーデスは冷静だ」
奥多摩町で写真撮影される。垂直尾翼の6割を失った状態で飛行
18時46分06秒 副操「えー、今、相模湖まできてます」神奈川県相模原市
18時46分09秒 管制「JAPAN AIR 123 羽田にコンタクトしますか?」東京アプローチと交信するか?
18時46分16秒 機長「このままでお願いします」
18時46分20秒 管制「コンタクトしますか?」
18時46分21秒 機長「このままでお願いします」
18時46分27秒 管制「はい、了解しました。スタンバイ、お待ちください」
18時46分33秒 機長「これはダメかもわからんね」
羽田方面に向かっていたが、相模湖上空で左旋回、秩父山地へと向かう、会話が頻繁になり、焦りが見え始めた。方向転換が繰り返し指示される
18時47分07秒 機長「Request radar vector to HANEDA ah KISARAZU」「羽田、木更津へのレーダー誘導をお願いする」
18時47分10秒 管制「了解。ランウエイ22なのでヘッディング090をキープしてください」羽田の滑走路は22(滑走路番号22、B滑走路)なので磁方位90度を維持して下さい
18時47分14秒 機長「Roger」
18時47分16秒 機関「ハイドロクオンティ(油量)がオールロスしてきちゃったですからなあ」
18時47分17秒 管制「現在コントロールできますか?」
高度9,000ft(2,743m)速度230kt(426km/h)奥多摩町日原で機体の破片
18時47分19秒 機長「アンコントローラブルです」操縦不能です
18時47分20秒 管制「了解」
18時47分30秒 管制「JAPAN AIR 123 contact TOKYO CON TOKYO APPROACH 119.7」「日航123便、東京コントロール・東京アプローチと119.7MHzで交信して下さい」
18時47分36秒 機長「119.7 Roger」「119.7MHz、了解」(変えなかった)
18時47分36秒 客室乗務員「高度はだいぶ降りてます。もうすぐ酸素はいらなくなります。赤ちゃん連れの方は背に頭を、座席の背に頭をささえて…にしてください。赤ちゃんはしっかり抱いてあげてください。ベルトはしてますか。テーブルは戻してありますか?確認してください。着陸の際は、予告なしで着陸する場合が。地上との交信はちゃんとつながっております」
生存者H「乗客は次々とシートベルトを締めたが、機の揺れが激しくベルトによる胸部圧迫から失神する乗客が続出」
18時47分39秒 機長「おい、山だぞ」
18時47分43秒 機長「山だ」
18時47分44秒 機長「コントロールとれ、右。ライトターン」
18時47分53秒 機長「山にぶつかるぞ」
高度9,000ft(2,743m)速度230kt(426km/h)奥多摩
18時47分58秒 客室高度警報音(離陸警報音)が再び鳴り出し、最後まで続く
18時47分59秒 機長「マックパワー」
高度6,000ft(1,828m)奥多摩、7分30秒間で15,400ft (4,600m) 降下
18時48分02秒 機関「(副操に)がんばれー」
18時48分03秒 機長「2人でやらなくていい。レフトターンだ」
エンジン出力の強弱で高度を変化させる
高度6,800ft(2,072m)速度230kt(426km/h)奥多摩
18時48分23秒 機長「頭下げろ」
18時48分25秒 副操「今舵いっぱい」
18時48分40秒 機長「山行くぞ」羽田とは逆方向(墜落7分50秒前)
18時48分51秒 副操「ふかしましょうか?」
18時48分52秒 機長「パワー、パワー」
18時48分54秒〜49分03秒 機長 荒い呼吸音
18時49分11秒 機関「ふかしましょう、ふかしましょう」
18時49分13秒 機長「ライトターン」
18時49分15秒 機長「だめだそれ」
激しく上下に揺れた。機首が39度に上がる
速度108kt (200km/h) 失速警報装置が作動。安定感が崩れ、機首の上げ下げを繰り返した
18時49分39秒 機長「あーだめだ。終わった」
18時49分41秒 機長「ストール、マックパワー(エンジン出力全開)」
18時49分45秒 機長「ストール」
18時49分46秒 機長「はい、高度落ちた」失速警報音1秒間
18時50分06秒 副操「スピードが出てます」
18時50分09秒 機長「どーんといこうや」(遺族は当初「ふざけるな」と激怒)
18時50分31秒 機長「がんばれ」
18時50分32秒 副操「いまコントロールいっぱいです」
18時50分33秒 機関「マックパワー」
18時50分36秒 副操「スピードが減ってます」
18時50分50秒 機長「パワーでピッチはコントロールしないとだめ」
18時50分52秒 機関「パワーコントロールでいいです。パワーコントロールさしてください」
速度が頻繁に変化、副操が速度に関して頻繁に報告
18時51分04秒 機長「下がってるぞ」
高度9800ft(2,987m)速度190kt(351.9km/h)滝沢ダム(埼玉県秩父市)
18時51分05秒 機長「あったま上げろ上げろ」
18時51分08秒 副操「フラップは?」
18時51分09秒 機関「下げましょうか?」
18時51分10秒 機長「おりない」
18時51分11秒 機関「いや、オルタネート(電動)で」
18時51分12秒 機長「オルタネートかやはり」
18時51分23秒 機長「頭下げろ」
機長⇒機関「他はいい、あんた自分とこやれ」機関はフラップを電動で出しながら、副操のエンジン出力調整を手伝っていた
副操 片手を離す
機長「両手で」副操「はい」機長「はいパワー」機関「パワーふかします」
18時51分38秒 機関「フラップ出てますから、今」
フゴイド運動を抑えるために電動でフラップを出す
18時51分39秒 機長「はい」
18時52分26秒 機関「今、フラップ、オルタネートで出てますから」
18時53分 機体が安定し始めた
高度13,400ft(4,084m)速度180kt(333.4km/h)彩の国ふれあいの森(山梨県と埼玉県の県境 )
18時53分27秒 管制「JAPAN AIR 123 TOKYO」「日航123便、こちら東京コントロール」
周波数切替を了承(18時47分36秒)してから無応答
18時53分31秒 機長「アンコントロール。ジャパンエア123、アンコントロール」
18時53分36秒 管制「123了解しました」
18時53分45秒 管制「JAPAN AIR 123、周波数119.7、変えてください」日航123便、周波数119.7MHz(進管)に交信を切り替えて下さい
機長 無応答
進管「If you reading come up frequenty 119.7, or we are already openly frequency Tokyo Approach out」「聞こえていれば周波数119.7MHzで交信して下さい。東京アプローチの周波数、他の周波数でも結構、交信願います」
機関「ワンワンナインてんセブン(119.7)セレクトしました」
18時54分 峯岡山レーダー機影消失 北緯36度2分、東経138度41分(墜落地点から北北西3.67km、又尾山近く)
横田 レーダー機影消失
18時54分22秒 機長⇒機関?「リクエストポジション」現在位置照会(自機の位置がわからない)
18時54分25秒 機関⇒進管「ジャパンエアー123 リクエストポジション」「日航123便、現在位置を教えて下さい」
18時54分30秒 進管「JAPAN AIR 123 your position 45 miles north west of HANEDA」「日航123便、貴機の位置は羽田の北西45nm(83.3km)」
機首が上がり、速度180kt(330km/h) まで落ちた
出力と操縦桿の操作で機首下げを試みたが機首は下がらなかった
18時54分38秒 機関「ノースウェストオブハネダ、何マイルですか?」
18時54分42秒 進管「はい、そのとおりです。こちらのレーダーでは55マイル(101.9km)ノースウェスト。熊谷から、25マイル(46.3km)ウェストの地点です。どうぞ」
18時54分55秒 機関「はい了解。熊谷から25マイルウェストだそうです」
18時55分01秒 機長「フラップ、降りるね」副操にフラップを下げられるか尋ねる
フラップを出し機体を水平に戻そうとした
18時55分03秒 副操「はい、フラップ10」10度下がっている
高度11,300ft(3,444m)速度180kt(333.4km/h)三国山
18時55分05秒 進管「JAPAN AIR 123、日本語で申し上げます。こちらのほうは、アプローチ(進入)いつでもレディ(可能)になっております。なお、横田と調整して横田ランディング(滑走路)もアベイラブル(着陸可能)になっております」横田基地と調整し着陸許可を得て、羽田と横田が緊急着陸準備を行っており、最優先で着陸できる
18時55分12秒 フラップを下げたとたん、南西風にあおられて機体は右にそれながら急降下
18時55分15秒 機長「頭上げろ」
18時55分16秒 機関「はい了解しましたぁ」最後の交信(墜落1分14秒前)
18時55分17秒 進管「インテンション聞かせてください。どおぞー」今後の意向を尋ねた
無応答
18時55分19秒 機長「頭上げろ」
18時55分34秒 副操「ずっと前から支えてます」
18時55分36秒 機内「交信はちゃんと繋がっております」
18時55分42秒 副操「パワー」
18時55分43秒 機長「フラップ止めな」フラップは最終的に25度まで下がる
18時55分45秒 機長「あーっ」(叫び声)
18時55分47秒 機長「パワー、フラップ、みんなでくっついてちゃダメだ」
18時55分49秒 副操「フラップアップ、フラップアップ」
18時55分51秒 機長「フラップアップ」
18時55分59秒 機関「上げてます」
高度8,400ft(2,560m)速度260kt(481.5km/h)高天原山
18時56分02秒 管制レーダー機影消失 羽田308°60nm(111km)墜落地点から21km
高度9,700ft(2,957m)速度300kt(556km/h)
18時56分04秒 機長「あたま上げろ」
18時56分10秒 機長「パワー」
高度10,000ft(3,000m)高天原山
18時56分07秒 急降下、速度急増、機首は36度下がり、ロール角80度
18時56分12秒 火災警報音1秒間 
18時56分14秒 GPWS「Sink rate(降下率)」
18時56分16秒 GPWS「whoop whoop pull up」
18時56分17秒 高度5,000ft(1,524m)速度340kt(630km/h)
機体はわずかに上昇、ロール角40度
18時56分21秒 機長「ああだめだぁ」「もうダメだ」
18時56分22秒 GPWS「whoop whoop pull up」
18時56分23秒 衝撃音、右主翼と機体後部が稜線の樹木と接触※、第4エンジン脱落
※一本唐松(樹齢202年)を、地上13m50cmの部分で切断
エンジン出力を上げるが、急降下
高度5,020ft(1,530m)速度346kt(640km/h)
18時56分24秒 GPWS「whoop whoop pull up」
上昇、機首を下げ、右に70度傾く
18時56分26秒 衝撃音、右主翼の先端が稜線に激突、右主翼の先端・尾翼、第1・第2・第3エンジン脱落
高度5,282ft(1,610m)U字溝(V字窪み)
18時56分28秒 機体後部が分離。機体は機首を下げながら前のめりに反転
ボイスレコーダ録音終了(32分16秒間)
客室後部と水平尾翼は、山の稜線を超えて斜面を滑落
18時56分30秒 御巣鷹の尾根に裏返しで衝突
生存者O「『はあはあ』という荒い息遣いが聞こえました。ひとりではなく、何人もの息遣いです。そこらじゅうから聞こえてきました。まわりの全体からです。『おかあさーん』と呼ぶ男の子の声もしました。…動かせたのは右手でけです。頭の上の隙間は、右手が自由に出せる程度でした…。…突然、男の子の声がしました。『ようし、ぼくはがんばるぞ』と…」
生存者K「墜落した時は、大分多くの人が生きてはって、…あっちでもこっちでも、がやがやと話し声が聞こえて来て…」「隣にいた父と妹も生存しており長い間話し合い励まし合った」「最初『大丈夫』と言っていた妹が『痛い、痛い』と泣き、やがて声がしなくなった」「『助けて』と父に言うと、『お父ちゃんも挟まれて身動きできない。助けてやりたいけど、どうしようもないわなあ』と言われた。父が動くと、おなかが死ぬほど苦しかった。『お父ちゃん、お父ちゃん、苦しい、苦しい。すごく痛い』と言っているうち、父はそのまま動かなくなった」「妹はそれでも『苦しい、苦しい。みんな助けに来てくれるのかなあ』と言うので『大丈夫、大丈夫。お父ちゃんもお母ちゃんも死んでしまったみたいだけど、島根に帰ったら、おばあちゃんとお兄ちゃんと四人で頑張って暮らそう』と答えた」「廻りで皆が話してはった声も、段々聞こえなくなって」「(暗闇の中)ヘリコプターの音が聞こえてきて、赤い明かりも見えて、真上まで来て止まってホバリングみたいにして。『ああーこれで助かるわ。』って皆で言ってたら、ヘリは引き返した。『これで場所が判ったから、又皆で沢山来て助けてくれる。』と話したけど、それきりで来ん様になった。その内、皆話さなくなった」
18時57分 救難調整本部 日航123便がレーダーから消えた旨を進管から受領。警察庁・空自入間救難調整所・海保に通報
19時00分 横田「(米空軍C-130に)JAL123便を捜索できないか?」
米空軍C-130 捜索に向かう(2時間の燃料)
19時01分 百里F-4EJ 2機発進(中部航空方面隊の独断、救難調整本部からの要請無)
19時05分 長野県南佐久郡川上村梓山の農婦N(67)高天原山の尾根に立ち上がった煙と火を目撃。110番通報「18時55分頃、埼玉県方面から飛んできたセスナ機より大きな飛行機が、大きく旋回しながら、南相木村と群馬県との県境付近に落ちたらしく、赤い閃光がして、その後、黒い煙が上がった」(目撃地点と方角、機体目撃時刻と墜落時刻が明確であるため、誤差0〜1kmで特定できる)
通報を受けた長野県警臼田署(現:南佐久警察署)は県警・自衛隊・日航に連絡することはなく、最も確度の高い目撃情報が埋もれる
他の梓山の住人「高天原山の東を越えて(群馬県側に)飛んで行った」(特定不可能)
19時13分 時事ファックス速報(羽田空港に常駐する時事通信社の記者)「東京発大阪行きの日航123便がレーダーから消えた」
19時19分 米空軍C-130 墜落現場を発見「1919 Large fire from Yokota, 305, 34」
「横田タカンから305°34nm(63.00km)の地点で大きな火災を発見」誤差3km(定規10.7km)
「表3 各航空機の測位結果」では35nm
「横田タカンから305°35nm(64.82km)の地点で大きな火災を発見」誤差3km(定規10.8km)
墜落地点(定規):横田タカンから295.58°35.4nm(65.6km)
米空軍C-130 空自中央救難調整所に通報
救難調整本部 横田経由で米空軍C-130が報告した墜落地点を知る
19時21分 百里F-4EJ 墜落現場確認(20分旋回)「炎を確認。横田タカンから300°32nm(59. 3km)」誤差6km(定規7.89km)
墜落地点(定規):横田タカンから295.58°35.4nm(65.6km)
19時26分 NHK速報「大阪行日航機123便レーダーから消える」「羽田空港の空港事務所に入った連絡によりますと、午後6時に羽田を出発しました大阪行きの、日航ジャンボ機の機影が、レーダーから消えたもようです」「自衛隊から羽田の空港事務所に入った情報によりますと、横田基地から北北東の305度およそ60キロの地点で、自衛隊機のパイロットが火災を起こしている日本航空機を目撃した、という情報もあります」「午後7時19分に入間市にあります航空自衛隊の救難センターに入った連絡によりますと、アメリカ軍のC-130輸送機のパイロットが、埼玉県秩父市の西北西およそ30キロの上空で、航空機らしいものが炎上しているのを目撃したという情報が入っていまして、航空自衛隊ではアメリカ軍などを通じて確認を急いでおります」
以降、墜落現場について二転三転。小倉山(群馬県上野村)、ぶどう峠(上野村・長野県北相木村の県境)付近の長野県側斜面。翌朝まで長野県北相木村と報じた
時刻不明 米軍救難UH-1ヘリ 墜落現場へ向う。米空軍C-130が墜落地点まで誘導
19時30分頃 陸自(群馬・長野の部隊)出動態勢を整え、派遣要請を待つ(救難調整本部:要請の必要性を知らず、21時30分に要請)
19時54分 百里V-107ヘリ 離陸(中部航空方面隊の独断)
20時21分 臼田署のパトカー「埼玉県と群馬県境あたりに黒煙が見える」
20時33分 救難調整本部 入間に災害派遣出動要請(要請が遅れた理由は不明、空自は要請前に独断で動いていた)
20時42分 百里V-107ヘリ 墜落現場に到達「150〜200mにわたって山腹炎上、位置は横田タカンから299°35.5nm(65.7km)」誤差4km(定規3.9km)
墜落地点(定規):横田タカンから295.58°35.4nm(65.6km)
謎:この位置情報すら生かされず、埋もれた
20時50分 米軍救難UH-1ヘリ 墜落現場上空に到着(米空軍C-130は約1時間旋回していた)
生存者O「ヘリコプターの音が…、ずっと手を振ってたんですけど、でも、気が付いてもらえなかったのか、ここまで来ることが出来ないのかと思いました」「数人の子供達の声を聞いたが闇の中でその声は次第に途絶えていった」
21時05分 臼田署 埼玉県警から「御座山で煙を確認※」がもたらされる。悪夢の始まり。
※目撃者の勘違いか?埼玉県警が確度の高い目撃情報としてしまい、臼田署にあたかも事実のように伝えてしまったことが迷走の根源。目撃情報を確認しようがないが、埼玉県警は目撃者の氏名、目撃した時刻・位置を把握していたのか?それとも警察官が目撃したのか?
21時06分 米軍救難UH-1ヘリ「(米空軍C-130に)できる限り低く降りたが、煙と炎がすごくて着陸できない。少し離れた所なら隊員を2人地上に降ろせるから横田の司令部に許可を貰ってくれ」
米空軍C-130副操縦士(中尉)「ヘリは一刻も早く隊員を降ろそう、生存者がいるか見極めて、どんな救出活動が必要かを判断しようとしていた」
隊員2名をラペリング(ロープを使った垂直降下)で降ろす準備が完了
横田司令「直ちに基地へ帰還せよ」「日本側の救助隊が現地に向かっている。退去せよ」
米空軍C-130・米軍救難UH-1ヘリ 帰還する
横田司令「今回のことについてマスコミには一切他言無用」
謎:なぜ、帰還命令?何人助かっただろう?
21時06分 朝日新聞東京本社ヘリ「ちよどり」墜落現場に到達し、現場撮影
21時20分 日航 搭乗者名簿を発表
21時25分 ちよどり「羽田から304°60nm(111km)群馬側」誤差4.8km(定規13.3km)
墜落地点(定規):羽田VOR/DMEから297.2°58.37nm(108.1km)
21時30分 東京空港事務所長 空自・陸自に災害派遣出動要請
21時30分 空港長 陸自東部方面総監部に災害派遣を要請
21時35分 臼田署 空幕へ連絡「南佐久郡北相木村の御座山(2,112m)の山腹で火災を住民が発見した。進入路は無い」
読売ヘリ127号 現場撮影
21時39分 埼玉・長野県警パトカー 三国峠の西北西に炎と煙(赤い煙)を発見(北北西の誤り?)
21時50分 NHK「(目撃証言※として)北相木村(長野県)の御座山に落ちた」誤った報道
NHKも偽(未確認)情報の拡散に加担している
※ぶどう峠から目撃「御座山中腹で煙を見た」(誤り)方位が誤っている。御座山はぶどう峠の南西。墜落位置はぶどう峠の南東(御巣鷹山・三国山方向)8.3km
上野村消防団 わずかな情報から正確な位置をつかんでいた団員がいた「御座山だったら民家からすぐ発見できる。特定できないということは上野村に近い」「どこの林道からも墜落現場が見えない。見えない所はスゲノ沢しかない」(誤差0km)
百里救難捜索機MU-2S(双発プロペラ機)現場写真撮影
21時59分 空幕 運輸省に「(墜落地点は)長野県北相木村御座山北斜面」と報告
謎:墜落地点から峯岡山レーダー機影消失地点(18時57分)は3.67km、タカンの誤差(3.7km)と同程度である。御座山は墜落地点から8.7kmも離れている。空幕は臼田署からの具体的な地名による墜落地点の特定が正しいとした。
22時03分 NHK「御座山北斜面で炎上中」誤った報道(空幕の運輸省への報告を受けての報道と思われる)
22時05分 ちよどり「三国山の北方5km群馬側」(定規3.63km)朝日新聞は御座山ではないことを知っていた
墜落地点(定規):三国山の北西2.5km
墜落現場は御座山とされてしまい、捜索隊(警察・自衛隊)はそれに従った
捜索隊・メディア 一斉に御座山を目指すも、機体を発見できない
上野村村長「7時ちょっとすぎ頃、NHKの…ニュースで、…長野側の北相木らしいと言っていた。しかし、向こうは高度が高いから火が見えるはずだが、ここからは見えない。そのうち上野村の上空をさかんにヘリが飛ぶので、どうも上野村ではないかと思っていたところ、夜10時過ぎになって、県警本部…から電話があり、『今、長野県警の本部長から電話があって、長野側には落ちていない、どうも群馬側だ』という判断が伝わった。『明日朝5時に上野村に機動隊を1,500人入れるから協力してくれ』」
上野村消防団 第6・7・8分団に待機命令
22時33分 日航 正式発表「(墜落地点は)御座山北斜面」
23時30分 長野県警「墜落現場は群馬県内と判断している」御座山近くの林道を捜索したが発見できない。御座山ではない(長野県内ではない)と判断
群馬県警機動隊 御巣鷹山方面に向かう(上野村猟友会が道案内?)辿り着いてはいない(昼間でも過酷、夜は無理)
08月13日00時36分 入間V-107ヘリ離陸(任務:地上の警察と連携し、地図上で墜落地点を特定)
01時00分 入間V-107ヘリ「入間タカンから291°36.3nm(67.2km)」誤差2km(定規6.2km)
墜落地点(定規):入間タカンから285.69°36.46nm(67.52km)
地上の警察がパトカーで到達できない地点であったため、任務を果たせず
01時35分 空幕「ぶどう峠から210度、3マイルの位置。長野県南相木村御座山南斜面、頂上から1キロ」(定規8.7km)
墜落地点(定規):ぶどう峠から南東(146.31°)4.5nm(8.34km)
02時15分 朝日新聞「群馬・長野県境で炎上」、読売新聞「御巣鷹山(群馬・長野県境)付近に墜落」
04時30分 上野村消防団の一部 県警の指示の遅さにしびれを切らし、墜落現場方面に向かうが辿り着いてはいない(第5分団と合流したかもしれない。夜は無理)
防衛庁「三国山西約3km、扇平山北1km」(交差しない、定規2.8km)
墜落地点(定規):三国山から北西(326°)2.5km、扇平山北東(39.5°)4km
04時39分 入間V-107ヘリ 墜落現場に到着、残骸を発見
04時55分 陸自立川ヘリ「三国山北西(315°)約2kmで機体視認」(定規1km)
墜落地点(定規):三国山から北西(326°)2.5km
04時58分 日の出
上野村村長「翌朝5時少し前(午前4時?)に役場に行ったら、既に大勢の機動隊の人たちが夜中から来ていて、2階の廊下にゴロ寝状態だったと職員から報告を受けた。村長室で(午前5時の)NHKニュースを見ていると、現場付近の映像が入り、これはどうも上野村の本谷らしい(神流川の源流の本谷の国有林の植林地だ)と思い、付近の植林を手掛けた友人(小学校の同級生)に電話をして、『おい、今のテレビ見たか?あそこは本谷だろ?』『見た、見た、あれはスゲノ沢だ!』と彼が言うので、役場にある無線で案内出来る人たちを呼び出し、墜落現場はスゲノ沢だ、そこに県警(群馬県警機動隊)や12師団(陸自第12師団、偵察隊)の人たちを案内しろ!と叫んだ」
上野村役場職員 テレビを見て「高原天山と御巣鷹山の真中辺り、上野村を流れる神流川支流のスゲノ沢」「浜平鉱泉のある林道を行くと、スゲノ沢沿いにトロッコ線路がある」
05時10分 防衛庁「御座山東約5km」(定規3.7km)
墜落地点(定規):御座山から東南東(114.86°)8.65km
05時33分 入間V-107ヘリ「三国峠の340度から3〜4kmで機体確認」(定規1km)
墜落地点(定規):三国峠から北西(326.2°)2.96km
05時37分 長野県警航空隊ヘリBell222「(初代)やまびこ」日航機の墜落現場を目視確認「群馬県御巣鷹山と三国峠の中間地点。御巣鷹山から南南東(157.5°)約2km、長野県境より(東方)約700m群馬県内。残骸は全て群馬県側に散乱」(定規2〜320m)
墜落地点(定規):御巣鷹山から南南東(160.7°)1.711km、長野県・群馬県の県境にある山(1,922m)の頂上より東方702m
南相木村で待機していた長野県警機動隊 猟友会の案内で入山開始、午前中に到達できたかは不明
06時00分 上野村村長 上野村消防団全8分団160名に集合命令(上野村立上野小学校)。不測の事態(火事)に備え一部を残す
上野村婦人会 おにぎりを作る
06時30分 上野村消防団・上野村猟友会・群馬県警機動隊・陸自第12師団 現場方面に向かう
上野村消防団第5・6分団がスゲノ沢に向うことになる
謎:テレビ報道を視て墜落現場はスゲノ沢と確認し、道順をも知っている消防団員がいながら、全員がスゲノ沢へ向かったわけではなく、ぶどう峠にも向っている
07時30分 陸自KV-107IIヘリ6機出動「日航機墜落現場、相馬原駐屯地に分散して日航機墜落事故における災害派遣活動を行う」
初動部隊の編成:普通科群・施設隊・衛生隊から本部班と5個班(73名)、救助計画のための情報収集(地形)
・陸自第1空挺団(習志野駐屯地)
・陸自第1ヘリコプター団(木更津駐屯地)陸自KV-107II(輸送)ヘリ6機、指揮官機(OH-6観測ヘリ2機)
謎:担架を持っていないのか?生存者がいることを想定していない?
07時55分 山岳救助隊(長野県警山岳遭難救助隊、レスキュー隊)2名「やまびこ」で墜落現場から2〜3kmにある砂防ダム近辺※に降下
※砂防ダム近辺:「御巣鷹登山口まであと3.4km」辺りと思われる
08時30分 長野県警機動隊員2名がヘリから現場付近にラペリング降下?(誤りであろう)
謎:長野県警機動隊の動きが不明。そもそも現場に辿り着いていないのでは?ウィキペディアにもガセネタが多い。長野県警機動隊寄りの記述がみられる。忘れた頃にガセネタを入れ込むやり方は腹立たしい
08時40分 陸自KV-107IIヘリ3機と指揮官機 現場上空へ到着(3機は相馬原駐屯地に待機)
08時49分 初動部隊 墜落現場に降下
09時30分 上野村消防団第5分団6名 現場に到着(群馬県警機動隊は遅れる※)
※上野村消防団は山林業用スパイク付き地下足袋を履いていた。群馬県警機動隊は足を滑らせた。それほど過酷な獣道
上野村消防団員「死体の山だったな」「(生存者を捜す気にも)ならないね。全部駄目だなと思った。動くものがねぇんだから」「手の付けようがない」
10時15分 群馬県警機動隊 上野村猟友会の案内で遅れて現場に到着(約3時間)
10時40分 山岳救助隊2名 現場に到着(降下後、2時間45分後)山岳救助隊が2〜3km進むのに3時間近くかかる現場なのだ
スゲノ沢第3支流にいた人員
・上野村消防団第5分団6名
・上野村猟友会
・群馬県警機動隊
・陸自第12師団4名
・山岳救助隊2名
以下は、午前中に実際に現場に居合わせたのか不明(いなかったと思われる。ガセネタを紛れ込ませているのか?)
・長野県警機動隊?山岳救助隊ではないのか?
・警視庁機動隊?群馬県警のみではないのか?いたとしても1名?
・多野藤岡広域消防本部藤岡消防署?いたとしても1名?
謎:陸自第1空挺団はこの間何をやっていたのか?任務である「救助計画のための情報収集」のみか?
時刻不明 上野村消防団第6分団が加わる
上野村消防団員 残骸の奥にかすかに動く反射光を見つける(生存者Hの結婚指輪)
10時54分 上野村消防団 生存者H・Mを発見「とにかく生存者がいるかどうか探すのだ。ということになって、歩いていたら、誰かいるみたいだということになって、…親子を発見したんだ」
生存者Kを発見
生存者K「人の気配がして『生きている人は手や足を動かして』と声がした。足をバタバタさせると人が近寄って来た」
生存者Oを発見
生存者4名が4m×4mの残骸の中から発見される
生存できた理由
・客室後部は尾根への激突を免れて、斜面に平行に近い角度で着地
・樹木をなぎ倒しながら尾根の斜面を滑落して時間をかけて減速
・最大衝撃が小さく、軽度の損傷にとどまり火災も発生しなかった
墜落直後の時点では客室後部付近にかなりの数の乗客が生存、翌朝に捜索隊が到着するまでの間に次々と息を引き取った。
上野村消防団員「おい、早くヘリ呼べよ」「早く救出する方法考えろよ」「おい、広域消防の救護※」
※広域消防の救護:多数傷病者発生時における消防部隊が行なう救助・救急活動の基準に従った救護と思われる
スゲノ沢にヘリが近づけない。生存者を、ヘリが近づける尾根の頂上まで運ぶことになる
上野村消防団 鉈・鋸で木を切って道を作る。木と残骸(トイレのドア・客席シート・脱出シューター)で担架を作る
謎:陸自第12師団がいながら、なぜ陸自第1空挺団に連絡して担架を用意できなかったのか?そもそも衛生隊は担架を持って来ていなかった?生存者がいることを想定しておらず、遺体回収の段取りのために現場に来ただけ?指揮官機(OH-6観測ヘリ)が上空を旋回しているが、臨機応変に適切な指示が出せていなかったのではないか?生存者優先でない?
11時00分 スゲノ沢第3支流にいる人員 平均30度(最大45度)の斜面を300m登る(1時間?)
上野村消防団員「尾根の上にようやく上がったら、死体というか腕や足が取れちゃって、ごろごろしていて…胴体というか、椅子に座ったままで下が切れてしまって…」
11時30分 生存者 H、M、K、Oの順に尾根の頂上に担ぎ上げられた
謎:医師による応急処置を受けるまで1時間待たされる
12時30分 医師1名・看護婦1名(前橋赤十字病院、日本赤十字社群馬県支部)が神奈川県警ヘリBell222「たんざわ」で現場に降下
医師・看護婦 生存者の応急処置「命に別条ありません」
生存者が尾根の頂上まで担ぎ上げられてから2時間以上経過(ヘリの順番待ち※)
※自衛隊員・物資を乗せたヘリが空中に一列に並ぶ
謎:生存者の搬送を優先させなかった理由
・連絡が取れない?山間部での電波障害?周波数の違い?
・場当たり的で、指揮を取っている者がいなかったのではないか?
・空自YS11が現場上空で管制していたのでは?
・自衛隊に求められるのは危機対応能力であろうと思われるが、臨機応変さに欠ける?
看護婦 自衛隊員に「あなたたち!この人たちを殺す気なの?」
13時29分 陸自V-107IIヘリへの生存者の吊り上げ収容開始
陸自第1空挺団二曹「このままこの子(生存者K)を抱えながらヘリの中へ入れるだろうか、もしも入れなければ、何時間でもこの子を抱えていてやる」
陸自KV-107IIヘリ 上野村総合グラウンド(山村広場、臨時ヘリポート)に着陸
生存者K・M 救急車で搬送する(理由不明)ため、降ろされる
生存者O・H 陸自KV-107IIヘリで公立藤岡総合病院(群馬県藤岡市、多野藤岡医療事務市町村組合)へ搬送される
東京消防庁航空隊AS365※「(2代目)ちどり」山村広場に着陸(消防庁の幹部移送のために自主出動)
※アエロスパシアル(Aérospatiale)SA365N(ドーファン?)1982昭和57年3月〜
医師 救急車から「ちどり」に載せ替えて搬送させる
14時08分 生存者O・H 藤岡総合病院に収容される
14時15分 生存者K・M「ちどり」で藤岡総合病院に収容される
14時30分 これ以上の生存者なし
06月14日08時30分 陸自第1空挺団 倒木でヘリポートを設営した後、撤収
09時00分 遺体搬出作業開始 藤岡市民体育館へ(遺体検視兼安置所)
12時00分 170体を発見、94体を収容
完全遺体111体、部分遺体161体
スゲノ沢第3支流の全遺体(乗客144名、乗員5名)が遺族によって引き取られた
15日未明 480体を確認、67体の身元が判明、121体を検視
看護婦 肉塊にわいた大量のウジをブラシ・箒・ピンセットで除去する
17日未明 220体の身元が判明(当時、DNA鑑定技術は未確立※)
※身元確認:顔・着衣・運転免許書・搭乗券・駐車券・診察券・保険証・指輪・指紋・足紋・歯・骨
11月下旬 身元不明2体
12月20日10時 確認できなかった遺体片は合同慰霊祭の後、出棺式(65棺)。身元不明のまま火葬

事故調査
ボーイング社事故調査チーム・米国家運輸安全委員会(NTSB)調査チーム
・ボイスレコーダーに記録された爆発音
・垂直尾翼の大半を失ったことを示す写真
テロの可能性を抱くが、残骸に爆弾による爆発の跡は無かった。圧力隔壁の残骸に不自然な損傷を見つける(他の部分と違い、まっすぐ引き裂かれている)。そこで圧力隔壁の修理が不適切だったとする仮説を立てる。仮説が正しければ、何回のフライトで圧力隔壁は壊れるか試算。7年前の修理以降の離着陸数が試算値に近かった。
仮説を裏付ける証拠(修理跡)を捜す。スプライスプレートのサイズが不適切だったことが判明
1987昭和62年06月19日 航空事故調査委員会 ボーイング社の修理が不適切だったことによる圧力隔壁の破損が原因

捜索・救難を行った米空軍・米陸軍の存在が明らかになる
1995平成07年08月27日 元米空軍パイロット(中尉、横田に駐屯、米空軍C-130のナビゲーター、1995年08月退役)の証言
Pacific Stars And Stripes(米軍準機関紙「星条旗新聞」)
https://newspaperarchive.com/pacific-stars-and-str…
1985 air crash rescue botched, ex-airman says
The first rescuers could have been searching the wreckage less than two hours after the crash.
Four people survived. Many more could have.
元空軍パイロットが語る「1985年の航空事故での捜索・救難はしくじりだった 」
最初の救難隊は事故後2時間以内に残骸を捜索できていたであろう
生存者は4人だったが、多くの人が助かっただろう

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