地球探検の旅 - グーグルアースの投稿サイト


地球探検の旅 > 田面沢駅(田面澤驛)

    田面沢駅(田面澤驛) 掲載日 : 2019年1月9日 
田面沢駅(田面澤驛)の画像/写真   東上鉄道田面沢駅跡地
http://earthjp.net/mercury/1901070001.html
にコメントしていたのですが、コメント欄では無理があり(線を引きたくなり)、投稿しました

次の「板橋区民、幻の田面沢駅の位置を特定する」をGoogle Earth上で確かめてみました。
http://akatsuka-tokumaru.cocolog-nifty.com/blog/20…
「現在の東上線が走っている入間川橋梁手前の築堤付近にあったと推定されている。じゃあもう結論出てるじゃん。‥と、言いたい所だがマニアはそれを許さない。」

私はマニアではありませんが、確かめずにはいられない。

常楽寺:「停車場(田面澤驛)の北方4丁(436.8m※)入間川の流れを隔て」
※定規:581m(5.3丁)
この記述によって、川越橋東詰の仮説は崩れる

1914大正03年05月01日 池袋〜川越〜田面澤 開業
田面澤驛は旧入間川橋梁完成までの暫定終点駅。築堤は旧入間川橋梁のために必要であるため、田面澤驛は築堤上ではなく、地表にあったと思われる。開業前から、次の工事が行われていたのではないか?
・隣で築堤、跨道橋建設
・旧入間川橋梁建設
川越〜田面澤は建設資材運搬に利用されたであろう(そのための地上線路ではないか?)。
1915大正04年 東上鉄道案内(大日本交通協会発行)「駅は入間川の景勝地に設けられ四望佳絶である※」
※この記述をもって築堤上(高台)に田面澤驛が設けられたとは思われない。「駅は入間川の景勝地(近く)に設けられ(入間川の土手に上れば)四望佳絶である」だと思われる。
1916大正05年10月27日 川越〜坂戸開業
東武鉄道百年史「方向をやや南西に変え※」
※田面澤驛に至る地上線路を廃止し、築堤上の線路(南に9m程度、煉瓦橋台が今も残る)に切り替えた?
1916大正05年11月02日 川越〜田面澤 免許失効
1964昭和39年 入間川橋梁完成
煉瓦橋台を通る線路から南に12m程度にある線路に切り替える

http://akatsuka-tokumaru.cocolog-nifty.com/photos/…
東上線田面澤驛前 川越砂利商会
http://akatsuka-tokumaru.cocolog-nifty.com/photos/…
田面澤鮎漁御案内 場所は田面澤驛僅かに一丁(109.2m)
http://akatsuka-tokumaru.cocolog-nifty.com/photos/…
田面澤鮎漁

田面澤驛とそれに至る地上線路が設けられた本来の目的
田面澤驛の近辺に民家がないため、旅客輸送が目的ではない。
川越〜坂戸間工事(築堤、旧入間川橋梁建設)のための資材運搬・人員輸送であろう。
川越〜坂戸間工事が完了すれば、築堤の隣にある地上線路・地上駅は役割を終える。
資材運搬のためなら、暫定終点駅を設ける必要はなかったが、次のような副次的な利用のために敢えて終点駅を設けたのではないか?
・入間川の砂利
・田面澤鮎漁

次のような流れではなかったか?
1911明治44年11月 東上鉄道株式会社設立
池袋〜川越〜田面澤 開通?
川越〜坂戸間工事(築堤、旧入間川橋梁建設)開始?
1914大正03年05月01日 池袋〜川越〜田面澤 開業(一般開放?)
1916大正05年02月 川越〜田面澤 旅客輸送廃止、貨物輸送に限る(川越〜坂戸間工事を優先?)

田面澤驛が終着駅としてどのような設備を持っていたかが不明
・転車台の有無
・車庫の規模

この投稿を推薦する  説明
 投稿者 : 地図好きさん  カテゴリ : 公的機関列車  場所 : 日本/埼玉県/川越市
 座標 : 35.92300465191374 , 139.4557574023393 (緯度・経度)



  Google Earth、地図、ストリートビュー
  Google Earthでみる (KMLファイル)  
 グーグルアースでみるには、あらかじめソフトウェアがインストールされている必要があります。
  インストールされてない方は、グーグルマップでご覧になってください。



Google Mapsで詳細な地図を見る
  
    ツイッターで投稿
NO. 1901090001

コメント欄


 No.1  投稿者 : 地図好きさん 投稿日 : 2019年01月10日 
http://museum.city.kawagoe.saitama.jp/ippan/pdf/73…
良い資料だが、田面澤驛の位置に関しては誤りではないかと思われる。「方向をやや南西に変え※」と矛盾する。
※東武鉄道百年史「川越町から方向をやや南西に変え、坂戸町まで9.2kmが開通したため、川越町〜田面沢間を廃止した」

1900明治33年 私設鉄道法制定
1910明治43年 軽便鉄道法制定
田面澤村 耕地整理
1914大正03年04月18日 東上鉄道 軽便鉄道法に基づき川越〜田面澤間1マイル(哩)36チェーン(鎖)(約2.3km)の免許を取得
目的:砂利運搬・田面澤村の農作物輸送・地元民の交通を確保
これは田面澤驛の民間利用目的である。田面澤驛に至る線路は設計当初から2年半だけ運用する軽便鉄道と思われ、主目的は旧本線※の延伸工事(築堤・旧入間川橋梁建設)のための資材運搬・人員輸送と思われる。旧本線※の延伸工事はこの時点で着工していて、線路は既に利用されていたと思われる。また、線路の一部を旧本線へ流用する計画も申請されている。
※旧本線:1916大正5年から1964昭和39年まで利用された線路(旧入間川橋梁を通る)
入間川からの砂利輸送を除き、田園地帯(田面澤村)への一般貨物の鉄道輸送は考えられない。
ウィキペディアには、田面澤驛建設の理由は、東上鉄道が入間川の砂利運搬線を求めたことによるとあるが、なぜ、川越〜坂戸開業で砂利運搬線としての価値を失い、川越〜田面澤が廃線となるのか?2年半で砂利を取り尽くしたとも考えられるが。
05月01日 池袋〜川越〜田面澤開業
川越〜田面澤「貨物輸送かたがた旅客輸送」
1915大正04年 乗車6,253人、降車4,369人、発送貨物55,542トン(砂利)、到着貨物722トン(建設資材?)
東上鉄道株式会社第7回報告書「田面沢停車場構内に於いて側線を増設セリ」
田面澤驛に側線があった!
1916大正05年02月17日 川越〜田面澤間・田面澤驛の旅客営業廃止届(旅客数極小、旧本線工事の追い込みか?)
03月01日 旅客輸送(1年10カ月)廃止
03月02日 軽便鉄道の一部を旧本線へ流用する計画が認可される
10月27日 旧入間川橋梁竣工、川越〜坂戸開業
11月02日 川越〜田面澤廃線

------------------------------------------
「田面沢駅は旧本線から分岐した側線に設けられた駅」としてきた。次に側線がどう展開していたかを考えてみたい。まず、側線の位置は第168号踏切東側から南側(坂戸町方面に向かって左側)に分岐したと考える。この地域は明治43年(1910)に耕地整理が行われ、その時に整理された整然とした水田の区画が現在でも残っており、現在の東上線の敷地以外に側線が敷かれていれば、その痕跡は明瞭に判別できる。資料1のとおり、北側に関してはその痕跡はない。ところが、南側には線路敷に添うように分筆された民有地が確認できる。図中の第166号踏切西側にはじまり、少しずつ幅を広げながら第168号踏切西側まで続いている。これらは田面沢駅への分岐線の敷地として東上鉄道が取得し、複線化の際に不要になり、民有地として譲渡されたものと考える。その西側については明瞭に線路敷と考えられる民有地は確認できなかったが、川越町駅から1哩36鎖地点を計測すると、図のようになるため、堤防近くに残る東西に長い土地を線路敷と想定して、側線の位置を推定している。

1哩=約1,609m、1鎖=約20m
------------------------------------------
「旧本線から分岐した側線に設けられた駅」ウィキペディアも、旧本線の支線(入間川の砂利運搬線)としているが、軽便鉄道から「方向をやや南西に変え」旧本線が敷かれたと考える。軽便鉄道が敷かれた後、旧本線が敷かれたと思われる。
「側線の位置は第168号踏切東側から南側(坂戸町方面に向かって左側)に分岐」も同様に「方向をやや南西に変え」に矛盾する
「北側に関してはその痕跡はない。ところが、南側には線路敷に添うように分筆された民有地が確認できる」はGoogle Earthで確認できない。
「川越町駅から1哩36鎖地点」ということは、田面澤驛は「1哩36鎖地点」から入間川土手までなのかもしれない

------------------------------------------
駅は「旧本線」から南に振れた位置にあったと推測した。これは築堤の高さが高くなるにつれて法裾が広がるので、「旧本線」直近には線路が敷けないと考えたためである。
------------------------------------------
「南に振れた位置」は「方向をやや南西に変え」に矛盾する。
Google Earthで見る限り、北側の法裾は広く、軽便鉄道(地上線路)と旧本線(築堤上、工事中)は敷くことができる。
https://www.google.co.jp/maps/@35.9230901,139.4553…

------------------------------------------
三左衛門の生地を小ケ谷とすることは乱暴かもしれないが、発起人である三左衛門の出生の地「田面沢」に鉄道を開業したということであれば、まさに「故郷に錦を飾った」ことになりはしないだろうか。いささか感傷的な仮説であるが、駅を設けた理由として挙げておく。
------------------------------------------
副次的な民間利用方法(砂利・鮎漁)があったとはいえ、本来必要のない田面澤驛を設けたのは、このような理由があったのかもしれない。三左衛門氏が東上鉄道に働きかけて、2年半のみの砂利運搬線運用を求めていたりして?

------------------------------------------
東上鉄道の蒸気機関車は10m前後のものが多いことが川越機関庫の写真から判断できるため、小型の「転車台」が設置された可能性
もあろう。また、「転車台」がなくても、列車の前後に機関車を付け、下り列車は下り側の先頭、上り列車は上り側の先頭の機関車が引っ張るという方法も考えられる。当時の時刻表を見ると、途中駅の停車時間が1〜2分程度であるのに対し、川越町駅では4〜6分程度とやや長いため、機関車の連結と解放作業にかかる時間とすることができる。
------------------------------------------
転車台は無かったと思われる。2年半運用するだけの軽便鉄道にはコストオーバーだ。列車の前後に機関車を付けたと思われる。



田面沢駅(田面澤驛)にコメントをする [ 詳細 ]

現在の投稿パスワードは、「」です。

ニックネーム (必須)
投稿パスワード(必須) (★全角★ 数字4桁)
写真/画像 (任意)
(JPEGファイルのみ)
※ 他のサイトなどからの無断コピーの写真は掲載しないでください。
※ 誹謗中傷はもちろんのこと、不快な表現などもご遠慮ください。
コメント (必須)
※ 投稿ボタンは1度だけ押してください。
コメントスパム防止のため他のサイトへのリンクが含まれるものなどは、内容確認後の掲載となります。



※ 投稿内容に間違いがあることがあります。内容の真偽はご自身でご確認ください。
Google EarthはGoogle社の登録商標です。 当サイトはGoogle社とは関係ありません。






  公的機関(公的施設)の投稿

香川県西部子ども相談センター

大韓民国環境部

中華人民共和国生態環境部

田面沢駅(田面澤驛)

区役所にストリートビュー?

迎賓館

ウイグル族の収容施設?

東南アジア諸国連合本部

これよりタンザニア

日本一小さな消防局

グワダル港

組合立高校

フォトン・ファクトリーリング

日本一高いところにある電子基準点

札幌でやっと初雪

キャピタルセンター

ロイヤルアルバートホール

ここで演奏されたコカインが大好きだ

ロヒンギャ

残っている無線標識施設

再教育施設

黒部から大阪への送電

長〜い建物、これ何じゃ?

インドネシア国家防災庁

国土交通省レーダー雨量観測局

相模野基線

那珂核融合研究所

送電鉄塔 径間長 世界二・三・四

送電鉄塔 径間長 世界一

上海光源(SSRF)



地球探検の旅 (旧Google Earthの旅) 2006-2015